祇王寺について
こんばんは。ユウどす。
先月のトップページは祇王寺どしたなぁ。
祇王寺について、書いてませんでしたんで、祇王寺について。
…いや、実は祇王寺については、何や気がすすみませんどした…。
祇王寺は苔が美しいどすし、女性好みのええところや思うんどすけど…。
何や怨念めいてません?
平清盛の愛人やった祇王はんが、清盛に捨てられて落ちぶれていったところどすからなぁ。
祇王はんのお母はんと、妹の祇女はんに、これまた清盛の愛人の仏御前はんが尼になって住んだはったところどす。
祇王と仏御前の話も、因果な感じがします。
もともと、仏御前はんを清盛に引き合わせたんが、祇王はんやいわれてますやろ?
どちらも白拍子で、祇王はんが平清盛の愛人やった頃に、仏御前が舞を見てほしいゆうて、清盛はんのところを訪れはって…。
清盛は断らはったんどすけど、同じ白拍子の祇王はんが不憫に思わはったんどすやろなぁ。
清盛はんをとりなして、仏御前はんをお屋敷に上げてあげたんどす。
そうしたら、清盛はんは仏御前に心変わりしてしもて…。
非情どすなぁ。
仏御前は、清盛の新しい愛人にならはったんやけど…。
仏御前はんも飽きられてしまわはったんどす。
行くとこなくなった仏御前を、また祇王はんが招き入れはって…。
祇王はんは仏の心どすなぁ。
仏の心で仏御前を…。
そんな元愛人二人が清盛公を祀ったはったとこどすぅ…。
なんやぼくは、怖い気持ちになるんどすぅ。
恨まずに弔う…まぁ、仏教的に美談どすけど…。
どんな気持ちで住んだはったんやろ、思いますけど…。
今、祇王寺にある建物は、祇王はんが住んだはった頃のもんとは違うんどす。
いったん廃寺になった祇王寺を再建するときに、寄進された建物なんどす。
せやから、建物には怨念ありまへん。
けど、清盛の供養塔とか、祇王さんらの墓とか…。
何や近寄るのが怖い感じどす。
まぁ、これはぼく個人の感想どすから…。
祇王寺、おねえはんは好きなんだそうどす。
美しい苔を、みなはんぜひ体感しとくれやす。
ちなみに、ぼく個人は清盛はんは好きなんどす。
頼朝はんを殺さずに助けてあげはったんは、失敗やったかもしれまへんけど…。
そういう情の深いところが、ええなぁ思います。
(祇王はんと仏御前はんには、非情どしたけど)
それに比べたら頼朝はんは、実の弟を殺そうとしはるし…。
でも、すぐに途絶えて…。
北条はんの天下どす。
もともと北条はんは、平家どすし。
広辞苑ひいたら、北条政子やのうて、平政子って書かれてますんやで?
結局は平家の天下になったともいえますやん?
諸行無常どす…。
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